大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)21号 判決 1985年3月26日
大阪市天王寺区松ヶ鼻町四番一一号
控訴人
石橋シゲノ
同所
控訴人
石橋栄二
兵庫県西宮市老松町一四番一五-七〇三号
控訴人
石橋康利
大阪市城東区鴨野西三丁目六番A-四一八号
控訴人
石橋正孝
右四名訴訟代理人弁護士
中坊公平
岡田勇
豊島時夫
谷沢忠彦
藤本清
島田和俊
同市天王寺区堂ヶ芝一九四
被控訴人
天王寺税務署長
辻康男
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被控訴人
国
右代表者法務大臣
嶋崎均
右両名指定代理人
田中治
足立孝和
高田安三
伊丹聖
主文
控訴人らの本件各控訴を棄却する(ただし、原判決主文中、控訴人らの訴を却下した部分を取り消し削除する。)。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは「1 原判決を取り消す。2 被控訴人天王寺税務署長が昭和五四年四月七日付でした訴外亡石橋義一郎の昭和五一年分及び昭和五二年分の各所得税についての更正処分並びに昭和五一年分の過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。3 控訴人らと被控訴人国との間で、訴外亡石橋義一郎の昭和五二年分の所得税確定申告及び昭和五三年分の準確定申告にかかる所得税の納税義務がいずれも存在しないことを確認する。4 訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨(ただし、主文一項の括弧内の部分を除く)の判決を求めた。
当事者双方の主張は左のとおり附加訂正するほかは原判決の事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。
(原判決の訂正)
1 原判決六枚目表末行の「金銭貸付け」を「金銭貸付によって生じた所得」と訂正する。
2 原判決一九枚目裏九行目の「同年分の」を「右」と訂正し、同一一行目から一二行目にかけての「前記純損失金一億四七八四万〇七七六円から」を削除する。
3 原判決二一枚目裏初行の「全明的」を「全面的」と訂正する。
(控訴人らの主張)
1 本件貸金が所得税法所定の事業としてなされたものであるか否かに関して原判決の説示する一般的基準自体は、それが税務行政通達をうのみにしすざている点を暫らくおけば、控訴人らとしても特に異論はないのであるが、原審はこれを本件に適用するにさいし事実を誤認し、または事実を正しく認識せず、ために本件において総合勘案すべき諸般の事情を看過している。
2 また被控訴人署長の主張は信義誠実の原則に反する(原判決一七枚目裏四行目から同一八枚目裏四行目までに摘示されている控訴人らの主張の補足)。すなわち、亡義一郎は昭和三九年貸金業の届出をして開業以来一〇余年の間これによって生じた所得を事業所得として青色申告してきたところ、被控訴人署長はこれを当然のこととして認めてきた。その間、右所得が事業所得か雑所得かを調査点検しなかったはずがない。したがって、亡義一郎は、一方では、雑所得であれば賦課されない事業税(地方税)をもあわせ納税してきたのである。しかるところ、ひとたび亡義一郎の貸金業が採算割れし又損を生じたため法令に基き右損失を損益通算し、その結果なお生じた純損失について繰越控除をなし、その還付を求めるや、にわかに態度をかえて、これを雑所得であるとして右の計算を認めないとする被控訴人署長の行為は善良な納税者として到底納得できるものではない。被控訴人署長の前記永年の態度は一種の法的状態に類する事実状態を亡義一郎ひいてはその相続人である控訴人らとの間に形成していたものであって、控訴人らは右状態を当然のこととして信頼していたものである。このような信頼を破壊してした被控訴人署長の前記所為は全く合理性を欠き信義則に反する。
3 なお、原審は控訴人らの訴えを一部却下しているが、そのうち(イ)昭和五二年分の過少申告加算税賦課決定処分取消請求部分については、控訴人らは原審においてこれを取り下げ撤回しているところであり、(ロ)同年分の所得税更正処分取消請求中の分離に対する税額三五五五万七九九四円にかかる部分についても、控訴人らの右取消請求は、該部分が昭和五五年一二月五日付再更正処分によって減額されたので、これを除いてもなお有効に存続している昭和五四年四月七日付更正処分の取消しを求める趣旨であることが明らかであるから、原審のした訴えの一部却下の裁判はいずれも控訴人らの申し立てざる事項について裁判したものである。
(被控訴人らの主張)
1 亡義一郎の貸付情況は当初の昭和三九年から一〇年間みてもその貸付口数が毎年二ないし一二件と少なく、利率の大半も日歩三ないし四銭と個人金融としては破格の低利であり、資金もほとんど同人の自己財産であることが特徴で、これらの事情を考えると同人の貸付の事業性は当初からこれを認めうるかどうか疑問であり、遅くとも昭和四九年以降はその事業性を完全に喪失したというべきである。同人の本件関係年分の貸付の大半は、要するに、自己の主宰する会社の業績不振の打開策として採算を無視して私財を投入したとみることができる。
2 控訴人らの右2の主張も争う。
税法上信義則の適用が認められるとしても、それは何らかの意味で納税者の信頼の対象となる課税庁の言動の存することが当然の前提となるべきであるところ、被控訴人署長はいまだかって亡義一郎の貸金によって生じた所得が所得税法上事業所得に該当すると積極的に表示したことはない。被控訴人署長は単に同人の所得調査を行わず、同人の事情の変化に則応した適正な税務処理を看過しただけである。また、先に述べたとおり、はたして同人につき控訴人らが主張するような長期にわたり同じ事実状態が継続していたかどうかも疑問である(当初は事業性を有していた可能性もある。)。本件の場合は、むしろ事情の変更によって生じた違法状態を是正し適正な法を実現することこそ正義の理念に合致すると考えるべきである。
証拠関係は原当審記録中の各証拠目録記載のとおりであるからこれをここに引用する。
理由
当裁判所も、控訴人らの被控訴人署長に対する請求(同被控訴人が昭和五四年四月七日付でした亡義一郎に対する昭和五一年分、同五二年分の各所得税についての更正処分―ただし、同五二年分についてはその後同五五年一二月五日付でなされた再更正処分によって減額された分離に対する税額にかかる部分を除く―および昭和五一年分の過少申告加算税賦課決定処分の各取消請求)、被控訴人国に対する納税義務不存在確認請求はいずれも失当として棄却すべきものと考えるものであって、その理由とするところは左のとおり附加訂正するほかは原判決理由説示と同一であるからこれをここに引用する。
1(イ) 原判決二五枚目表九行目から同裏一〇行目までと同一一行目の「前記2以外の部分の」を削除する。
(ロ) 原判決二七枚目表六行目の初めから七行目の「甲第三号証の一ないし一五」までを「様式体裁により真正に成立したと認める甲第一三ないし第二七号証」と訂正し、同二八枚目裏末行の初めの括弧および同三〇枚目表六行目から七行目にかけての「ないし同五一年」をそれぞれ削除する。
(ハ) 原判決三五枚目裏初行の「調査」から同四行目の「窺われるから」までを「深く調査せず、同人の自主的申告を尊重したためであることが窺われるから」と訂正する。
(ニ) 原判決三六枚目表一一行目の「損金」を「損失金額」と訂正する。
(ホ) 原判決三七枚目裏四行目の「全趣旨により、」の次に「原告らに有利に」を附加する。
2 成立に争いない甲第二九号証の一、二によると、亡義一郎はかって昭和四〇年分の所得税確定申告にさいし自己の貸金による所得が事業所得であることを前提として貸倒損失を理由とする純損失の繰り戻し計算を行い同三九年分所得税の還付請求をし、これが被控訴人署長において認められたことが認められ、また成立に争いない同第三〇ないし第三二号証の各一、二によると、亡義一郎はまたかって昭和四一年ないし四三年各分の所得税の修正申告をし、そのさい被控訴人署長はそれが「調査のあったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してなされたもの」(国税通則法六五条五項参照)であるとして法定の過少申告加算税賦課処分をしていることが認められる。しかし、右事実はいずれも本件各年分より約一〇年前の各年分に関する事柄であって、右事実の存することのゆえに直ちに本件各年分の貸金によって生じた所得もまた事業所得であって雑所得でないと解さなければならないいわれはない。その他、当審で控訴人らが提出した証拠によっても原判決の認定判断を左右することは困難である。
3 控訴人らは、被控訴人署長の信義則違反をるる主張するが、もともと貸金によって生じた所得が所得税法上事業所得であるか否かの判断は原判決説示のような一般的基準に基き各年分ごとにこれをなすべきが原則であって、貸金の態様等が変ればその所得分類も変わる場合の存することはむしろ当然である。本件においても、原判決が認定した事実関係によれば、亡義一郎ひいては控訴人らと被控訴人署長との間に控訴人ら所論のような一種の法的状態に類似した安定した事実状態が形成されていたとして、被控訴人署長において本件各年分の貸金によって生すべき所得を雑所得と判断することが控訴人らの信頼を破壊するものであり違法であると解することは相当でない。
よって、控訴人らの本件各控訴は理由がないからこれを棄却し、なお、原判決主文中控訴人らの訴えの一部を却下した部分は、控訴人らが当審で主張するとおり、申し立てざる事項についてした裁判であると認められるからこれを取り消し削除し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 畑郁夫 裁判官 亀岡幹雄)